【訃報】父の最期に会った日のことを、書こうと思います。




突然ですが、訃報です。

私の父が、3月9日に、永眠致しました。

私が父に最後に会った日は、3月2日。

担当医師から、「心の準備をしておいてください。会わせたい人がいたら、会わせておいてください。」と言われた日でした。

母が風邪を引いてしまっていたので、先生からの話は、私一人で聞いていました。

話を聞いたのは、夕方5時頃。

まだ、4人目の子供を父に会わせていなかったので、帰宅して直ぐに、家族全員で、父に会いに行きました。

父は身体がしんどそうでしたが、ベッドを電動で起こして、私たちの初の男の子を、抱っこしてくれました。

もう、瘦せ細り、力がないので、旦那が赤ちゃんを支えて、父のお腹辺りに乗せていた状態でした。

父は、孫3姉妹の頭を撫でたり、握手したりして、とても嬉しそうでした。

そして、とても優しい父に戻っていました。

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突然の父の死を、私は受け入れられたのだろうか?

まだ意識がハッキリしていて、喋られる、そんな父を見ていたので、9日の父が亡くなった実感が、全く持てませんでした。

その日は、3日振りに母が病院に行き、父は酸素マスクを付けていて、目が開けられない、まともに話せない状態でした。

母が帰って来てから、その話を聞き、余命が短いかもと話をしていた時。

家の電話が鳴り、嫌な予感が。

病院からで、「父の容態が急変したから、直ぐに来てください。」と。

私の兄と旦那は仕事だったので、すぐに連絡を入れ、母が先に病院に行きました。

そして、20分くらいしてから、母から電話があり、「荷物を持って帰るから、大きい袋を持ってきて。」とだけ言われ、電話を切りました。

私はてっきり、父はまだ生きているのだと思っていました。

けれども、その後、親戚の叔母さんから電話があり、父が亡くなった事を聞きました。

幼い4人の子供を必死に抱えながら、旦那が帰って来てから病院へ向かいました。

父がいる部屋に入って、父の顔を、ぼう然と眺めて、何も涙も言葉も、出ませんでした。

心音を図る機械は、全く心音が止まっているのに、私はいつものように、父を呼べば、起きてくれるのじゃないのか、と思っていたのです。

父が亡くなった事が、信じられませんでした。

心音がないって、目で見て分かるのに、不思議です。

葬儀の時も、父の顔色が良く見えて、呼べば起きてきそうな気がして、たまりませんでした。

骨になり、持って帰って来て、祭壇に写真を並べて、御線香をあげる。

なんとなく、実感してきた感じです。

優しくて、我慢強くて、頑張り屋さんだった父。

私もすごく忙しい日々の中、49日まで、ゆっくりと父との思い出を思い出しながら、過ごしていきたいと思います。




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